薄い参考書はわかりやすいか?

日記
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こんにちは、まさおです。日に日に寒さが薄れていくのを感じる今日この頃です。


最近新しい勉強を始めた。それについての漫画を入手して学習している。

漫画だからわかりやすいと思って入手したのだが、読んでみても面白くないし、わかりにくい。

何でかと考えてみたのだが、それは学習の内容を簡略化(あるいは掻い摘みすぎ)しすぎているからだと思った。

例えばアインシュタインの伝記が思いっきり簡略化されて次のようなだったらどうだろうか?(情報量が少なすぎて本として成立しないが)

アインシュタインは1879年に生まれて1955年に死にました。以上。

アインシュタインはいつ頃生きていた人かはわかるがそれ以外は何もわからない。何をした人なのか?どういう性格だったか?どのような境遇で育ったか?などこちらの興味には何一つ答えてくれていない。

もちろんこれは極端な例だが学習する内容を簡略化だけするとかえってわかりにくくなることがある。

理解するのに十分な情報量を確保したうえで簡略化しないと全体の概要がつかみにくいし流れもわかりにくくなる。

簡単で薄い本がわかりやすいのではない。このことを思ったのは大学生の時だった。

数学の参考書を大学の図書館で探していたとき、広辞苑のような(ちょっと大げさ)デカい教科書を発見した。

それはアメリカの大学生が使っている教科書を日本語に翻訳したものだった。

興味本位で借りてきて読んだのだが、わかりやすかった。

その教科書は日本の教科書では取り上げないような最も基本的な概念から説明を始めていた。

次に例題が載っているが、その量が多い。日本の教科書なら1つ例題があるところに3つくらいは例題が載っている。

それは一つの解法パターンについて一つの例題を載せている日本の教科書に対してその翻訳教科書は3つの例題を載せているからだ。

パターンの説明だけだとそのパターンについての例題を1つ載せておけばいいように思う。がアメリカの教科書はそうでなくて同じパターンの解法について複数の例題を解かせることで体で覚えさせるという姿勢なのだろう。

例題の説明についても説明しなくてもいいと思う細かいことまで説明されていて若干冗長に感じたが論理の階段を飛ばすことがないので、圧倒的にわかりやすかった。

一方、日本で出版されているよくある数学の教科書(参考書)は次のような感じだと思う。

まず、ある概念についての説明がある。そのあとで例題があり、さらに演習問題がある。

概念の説明は必要最小限だし、例題の解説もやっぱり最小限。例題の解説を読んでも何でそうなるのかよく理解できないことが多い。

演習問題の解答については省略されていることもあった。

これは採算の問題から発生しているようだ。情報量を多くして、ていねいに説明したほうが断然わかりやすくなるのだがそうするとページ数が増えて本の値段が高くなる。

そうすると売れないらしい。

なのである値段内に抑えるためにはページ数が始めから決まっていて、その範囲内で説明しなくてはならないのでどうしても説明が最小限になってしまう。

こういう教科書で勉強するとなんでそうなるのかよくわからなくて理解しにくいし、薄いわりには時間がかかるし、結局身につかないことが多い。

大学もあるレベル以上になると教科書は英語で書かれているものが使用されるのでそういう人たちはそのわかりやすい教科書で学べるのだが、そうでない大学へ通っている学生は日本語で書かれたわかりにくい教科書を使うしかない。

そうすると余計に知識の差が大きくなってしまう。

お金儲けも大事だが、日本の将来のためにも日本語で書かれた分厚いがわかりやすくて面白い教科書の出現を望む。

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