こんにちは、まさおです。ブログの記事も書きつけていないと何書いていいかわからなくなる。
さっき(この一つ前に投稿したブログ)記事を一つ書いたので、なんとなく、記事を書く感覚?的なものが少し蘇ってきたので、その波に乗って何か書いてみよう。
先日(多分4月29日)ラジオを聴いていたら、「昭和」の話をしていた。「昭和の日」だったからだろう。
4月29日は自分が子供のころは「天皇誕生日」だった。知らないうちに「みどりの日」になり、さらに知らないうちに「昭和の日」になっていた。
昭和って何だろうか?時代史的な難しいことはわかりません。自分の知っている昭和は終わりの方。なので、昭和の時代全体についてのことでなく、自分がその中にいた昭和の終わりの時代と、令和という今の違いなどについて思ったことを書いてみたい。
まず、基本的に今の方がいいです。令和の今が。昭和は(というか平成も含めるけれど)今と比べるとやっぱり、多様性を尊重しないような風潮があった。いろんな生き方があっていいはずなのに、男は外で仕事、女は家事、という典型的なモデルが幅を利かせていた。そして、その前提として結婚していることが当たり前。
今は結婚しない人も増えて、完全に、昭和的な家族の在り方は威張ってないように見えるが、年配者の一部にはまだ、結婚して一人前という価値観の人もいるなあとは思う。でもそういう人は少ないな。「いろんな人がいるから」でみんな済んでしまうという多様性尊重の時代になっている。
今はそんなだから、結婚してない自分も肩身が狭いということは全くなく、自分なりの生き方を楽しんでいる。いい時代だ。
それにしても時代は変わっていくのだなあと改めて思う。時代ってその中にいると誰がなんとしようとも全然変わりそうもない雰囲気を持っているのだが、これが、思ったよりも簡単に変化しているのだ。
今は、10年前とも全然違うし、ましてや昭和の終わりごろと比べると全く違う。昔、とんねるずのテレビ番組内のキャラクターで「ほもおだほもお」というのがいた。今でいうとLGBTQに該当する人を面白可笑しく、そして軽蔑的に扱っていたのだが、今だったらアウトである。テレビで放送されることはないだろう。
人間は単純に男女の2項でなく、性別についていろんなあり方があるからそれぞれの人を尊重しようというのが令和の今の認識とされているが、実際は昭和の価値観を体現したような人からLGBTQの当事者が侮辱されたり、排斥されたりという事件がときおりニュースで流れる。でも、昔はそういった人たちが不利益を被ることが常だったことを考えると時代は変わったなあと思う。
性別についての多様性尊重だけでなく、いろんな分野でのいろんな生き方を尊重しようという流れが令和の現在はあるように感じ、それはいいことだ、いい時代だと思っていたのだが、令和の現在の人心は私が思っていたよりもすさんでいるのかもしれない。それについてはこの一つ前の記事に書いたが。
自分が子供のころはネットもスマホもなかった。あるのはファミコンくらいだった。時代が大きく変わったのはネットとスマホのせいだろうな。ネットとスマホのおかげて生活のいろいろな場面での利便性は格段に向上した。田舎に住んでいても、都会の専門店にしかないようなものもネットショッピングで簡単に買うことができる。ネット上ではいろんな人がいろんな生き方を(有益、無益の)発信しているので、自分のリアルの範囲内では関わることのできない生き方を見ることができ、参考にしたり、励まされたり、勇気づけられたりする。それはすごくいいことだと思う。
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何のことを書いていたのだったか?令和の現在と昭和の違いのついて思ったことを適当に書いていたのだった。変わったことも変わらないこともあるが、今はいい時代だと思っています。

