こんにちは、まさおです。
いやぁ~毎日暑いですね。35度と聞いてもなんとも思わなくなってしまいました。35度って異常な暑さですよ。日向にぼーっと立っていると直射日光が痛いと感じるとか、ドライヤーの温風をどこかから当てられれているようなそういう暑さです。
そんな暑さ真っ盛りのさなかで久しぶりに図書館へ行ってきました。もうね、この時期の図書館、特に昼過ぎ、昼飯を食った後の時間帯、午後1時~3時くらいは大勢の人であふれています。家にいてもクーラー代がかかるから図書館へ涼みに来たという人がたくさんいる。涼しいし、雑誌はおいてあるしで、一石二鳥。
自分はですね、本を借りてきました。前にも借りたのですが、全部読み切れずに返した本。「奪われた集中力」という本。スマホによって集中力が削がれてしまうのですが、それについてのいろいろをいろんな角度から書いた本。はい、これだけではなんのことかさっぱりわからないと思います。私もわかっていません。全部読んだわけではないので、わかっているというか覚えているところを適当に書いてみますね。
著者はイギリス?だかアメリカ?のジャーナリスト。本が好きで好きでしょうがないという人だった。が、スマホを使うようになってから、本が読めなくなってきてしまった。本を読み始めても1ページも読まないうちに嫌になってスマホを見てしまう。
恐るべき集中力の崩壊に直面した著者はスマホ、PCなどを一切持たずににどっかの田舎町?だかへ一定期間遊びに行く。いや、遊ぶのが目的ではなくて、スマホなどのデジタル機器のない環境で過ごすためにそこへいったのですが。そこでデジタル機器なしの生活をしていくうちに以前持っていた読書する楽しみとか集中力が回復するのを実感する。その後著者はスマホを使うとなんで集中力が落ちてしまうのか?とかを調べるためにその道専門家にインタビューしたり、自分なりに色々考えた。そのことが本に書いてあります。ざっくりいうとそういう本ですね。
この人は専門家に話を聞いただけでは満足せず、実際に自分でいろいろ試してみている。と思う。とにかく、自分でやってみて、実感して、納得しようとするスタンスで書かれている点に共感する。いいですね~。ただ調べて、知識を得て、これはこーですよ、と言われるよりも、自分でそれをやってみてこうだったといわれた方が説得力が違うし、私はその姿勢が好きだ。なんでもそうだが、やってみないとわからないぞ。特に、評論家が増えている世の中だな~という気がしているので。いや、評論家って、そういう職業の人でなくて、何かを見て人や物事の批判ばかりしている人のことです。スマホが登場してユーチューブにしろXとかインスタグラムとかいろいろありますが、とにかく目に触れるものが爆発的に増えた。だから評論家も増えたんだなーと思っている。私自身はユーチューブは見るが、それ以外のXとかインスタグラムは使ってないのでどう使っているのかよく知らんのだけど。
そんなことを思いながら、前回の読書の続きと思われるところを適当に開いて読み始めました。で、夕べ読んだ箇所には何が書いてあったか?
ある有名なITクリエーターがSNSなどのコンテンツやアプリにいかにユーザーを熱中させるか?という本を書いた。1日に何時間もスマホ画面にくぎ付けにさせるにはどうするか?という方法論です。そうなんですよ。アプリやSNSを作る人たちは極端に言うとそれしか考えていない。どれだけ長くスマホを手に取らせ、いじらせるか?それしか考えていない。基本的にスマホのアプリやSNSはそのような設計思想で作られています。このスタート時点の思想がなんというか気持ち悪いですね。結局金儲けです。
クリエーターたちはこの手法を使ってアプリやSNSを作り、その思惑通りに人々はそれらに熱狂した。熱狂したというか、熱狂させられているというか、スマホ依存症に仕立てられたといったほうが一番適切だと思う。
スマホ依存が社会的に問題になってくると、くだんのクリエーターは別の本を書いた。それはどうすればスマホ依存から脱却できるか?という本だった。彼自身がスマホを使用するうちに集中力の低下を実感するようになり、それに対処するために方法を考えた。それを本にまとめて出版したらしい。一見するとスマホ依存問題に対処しようとする姿勢を示したともいえる。が、著者(ヨハン・ハリさん)は次のようなことを言っていた。つまりこれは言い訳、あるいは言い逃れ、あるいは責任転嫁なのだと。スマホ依存から脱却できる方法があるのにスマホ依存でいるのは本人にやる気がないからだと、自己責任にしたいのだと。スマホアプリやSNSが悪いのではない、ユーザーの努力不足だと。
たしかに、なんともひどい話だな。スマホ依存、中毒にする方法を研究し尽くしてアプリを作り、思惑通り人々をスマホ依存にさせて金を儲け、問題が起きてくるとユーザーのスマホの使い方が悪いと言っている人たちがいるという事実。
著者のヨハンさんが言っている通り、これはシステム自体が問題だ。個人の意思の強さの問題とかでなくそうせざるを得ないような状況に追い込むというシステムの中で人々が生活しているという問題。でも、システムを変えるといっても一朝一夕にできる話でない。とりあえずは個人個人が自分で自分を守る、コントロールするしかない現状。
まずはそういう社会で生活をしているという自覚をもつところから全部はスタートするのだろう。
